INTERVIEW

- 現場を駆ける先輩たち -

運動部の仕事


求められるタフさ

 運動部は競技ごとに担当を分けています。私はフィギュアスケートや陸上、柔道などを取材しており、対象は小学生からオリンピック選手までと幅広く、シーズンに入ると毎週末が試合です。早朝から会場に駆けつけ、深夜まで記事を書くので、心身ともにタフでなければ務まりません。

平時の取材が大切

 取材するのは試合だけではありません。大会で好成績が出た場合に記事化できるエピソードを探し、平日も監督や選手を訪ねます。全国や世界で戦う選手であっても、地元にいるときはリラックスしているので、いつもより話してくれるもの。ただしせっかくいいネタを仕入れていても、試合の結果次第では記事にできないことも。当日はドキドキしながら、でもどこか冷静に、試合の行方を見守ります。

量質とも他紙圧倒

 2015年秋、岡山で初の大規模マラソン「おかやまマラソン」が開かれました。立ち上げから準備、運営まで追いかけ、時には叱咤の思いから厳しめの記事を書いたこともありました。当日は想像以上の盛り上がりで成功裏に終わり、運営スタッフらと達成感を味わえました。

 山陽新聞は、地域スポーツに費やす記事の量も質も、他紙を圧倒していると思います。その影響か、岡山県は地方にありながら、全国や世界で活躍する選手をこれまでも数多く輩出してきました。16年には岡山でインターハイがあります。20年の東京五輪を目指す金の卵たちが出場する大会。どんなドラマが繰り広げられるのか、今から楽しみで仕方ありません。

思い出


取材相手にほれ込み

  運動部に来て初めて担当した競技の一つが、フィギュアスケートでした。その年は、地元・倉敷市出身の高橋大輔選手が、バンクーバー五輪出場を目指し、靭帯断裂の大けがを乗り越えて2季ぶりに国内での公式戦・NHK杯に挑むタイミングでした。

 一方、私はフィギュアスケートについての知識は皆無。当時、高橋選手は名実ともに日本のエースで、その一挙手一投足に注目が集まり、試合会場では全国紙の記者がついて回る状況でした。着任からNHK杯までは約1カ月。ルール本から専門誌まで手当たり次第読みあさり、インターネットで過去の演技をひたすら視聴して知識と見る目を養いました。

 こうして迎えたNHK杯で、初めて競技としてのフィギュアスケートを生で見て高橋選手にほれ込んでしまいました。言葉にすると陳腐ですが、高橋選手の演技はハートが揺さぶられるというか、本当に心打たれるものでした。他の選手とは一線を画し、体で音を表現します。「この選手を任せてもらえるんだ」。使命感に燃えました。

 ただ、高橋選手は氷を下りるとシャイで引っ込み思案。コメントを取るのが難しく、記者泣かせな一面もありました。本音を引き出すには、何げない一言やふとした表情を見逃さない洞察力が必要です。素晴らしい演技とはギャップのある人柄もまた魅力。そんな印象でした。

私の仕事って?


「選手たちとともに、熱くなれる」

 結果を出したチームや選手だけを追いかける全国紙に対し、地元紙はいい時も悪い時も、ずっと選手たちと付き合います。だから自然に、気持ちを共有できるようになります。ずっと取材してきて、強いのはわかっているのになかなか結果を出せない選手もいます。しかしそれが突然、大舞台で優勝したりする。そんなとき、「やっぱり自分の目は間違っていなかった!」と興奮します。

 どこにヒーロー、ヒロインがいるかわからない面白さ。その誕生の瞬間に立ち会った時の高揚感。地元紙ならではの喜びです。

天津 雄一郎(あまつ ゆういちろう)

編集局運動部

2005年4月入社。東京都八王子市出身。文学部卒。

高校、大学と陸上を続け、運動部を志望して入社した。しかし最初の配属は社会部(現報道部)。記者としての経験と実績を積み、年1回の意向調査で一貫して運動部希望を訴え続け、倉敷本社を経て09年10月、念願かなって現職に。