第20回NIE全国大会秋田大会
(日本新聞協会主催、秋田県NIE推進協議会、秋田魁新報社主管)
2015年7月30日、31日、秋田県民会館、秋田市にぎわい交流館AUなど

パネルディスカッション「NIEで豊かな『問い』をどのように育てるか」
2015年7月30日、秋田県民会館大ホール

コーディネーター
阿部 昇氏 秋田大学教育文化学部教授

パネリスト
小原 友行氏 日本NIE学会会長、広島大学大学院教授
京野 真樹氏 秋田県教育庁中央教育事務所指導主事
小室 真紀氏 秋田大学教育文化学部付属小学校教諭
大石 卓見氏 秋田魁新報社読者局NIE推進部次長

パネルディスカッションの様子 「NIEで豊かな『問い』をどのように育てるか」をテーマに討論したパネルディスカッション=2015年7月30日、秋田県民会館大ホール
 阿部氏 今、日本では学力に対する見直しが始まっております。まだまだ日本は不徹底であるという尾木先生(教育評論家、法政大教授 尾木直樹氏)のご指摘でありましたが、そうであるにしても、明らかに今それを意識して、そちらの方に舵を切ろうという動きが出つつありますので、それは21世紀型学力と言ってもいいし、PISA型学力と言ってもいいし、活用型学力、いろんな言い方がありますけれども、それを意識したいと思います。そういう意味で、そういった学力を育てるために教育の中に新聞を深く位置付けていく、教育界と新聞界が深く結びついていくといったNIEが極めて有効であるというふうに考えられます。

 で、今回の大会のテーマである「問いを育てるNIE」という、「問いを育てる」にその意味があるんですけど、そういうふうなことを前提に、パネルでは「今後どのようにしてNIEを生かして、そういった新しい学力を育てていったらいいのか」「どのようにして問いを発する子どもたちを育てていったらいいのか」ということを明らかにしていきたいと思います。加えて、全国学力・学習状況調査で秋田県は7年連続でトップクラスの成績を収めておりますが、そのことと秋田県のNIEとのかかわりを触れていければいいのかなというふうに思っております。以上が趣旨でございます。

 そして簡単なパネルの見取り図でありますが、まずはじめにパネリストの皆さんに8分ずつ第1回目の提案をしていただきます。その後パネルディスカッションですのでステージ上の4人、私も入れると5人ですね、で、少し、ディスカッションといいますか、対話を重ねていきたい。その後、今度はフロアの皆さまと対話をしたり、ディスカッションをしたりしていきたいと思います。最後に10分か15分ぐらい最後残しておいて、まとめということで、各パネリストからまとめのコメントをお一人ずついただく。最後に私も短くちょっと感想を申し上げるかもしれませんが、そういう形で進めていきたいと思います。ですからパネリストのご提案を聞いて、「これはどうなのか」「これはもうちょっと聞きたい」とか、「これは違うんじゃないか」とか、ステージでのディスカッションを聞いて、ちょっとこのことを言いたいんだ、というようなことは、ぜひフロアから後半でお願いしたいと思いますので、ぜひ心の準備をお願いしたいと思います。

 それではさっそくでございます。順番ですが、昨日打ち合わせまして、こういうふうにいたしました。トップバッターが京野先生、次に小室先生、そして大石様、最後に小原先生という順番でお願いします。それではまず京野真樹先生からご提案をどうぞよろしくお願いいたします。

 京野氏 私は専門教科である国語科を中心に、「NIEがいかにして子どもの豊かな問いを育てるか」ということについて述べたいと思います。一例を紹介します。平成21年春の強風で、今はもう統合でなくなってしまいましたが、湯沢市立横堀小学校のシンボルである樹齢100年以上のトチノキ、大木が倒れました、という記事がかつてありました。5月18日月曜日の朝、7時50分、校舎脇のグラウンドでの出来事とのことでした。当時、秋田魁新報社の記者がこの出来事を短い記事にして伝えております。この記事では逆三角形の構成、という原則に非常に忠実に、「5月18日月曜日朝7時50分ごろ、校舎脇の樹高約20メートルの大木がグラウンドに横倒しに」など、いわゆる5W1Hと言われている重要度の高い情報が、本文の第一段落に漏れなく記述されていました。しかし子どもたちは「時間や場所がなぜ重要なのか」「第一段落にくるべきなのか」ということについて、なんとなく納得するだけであまり疑問はもちません。で、その状況を図にして現場を可視化するなどという補助的な手立てを講じてみると、「なるほどこれはただごとではないんだ」というふうなことに気がつき、初めて子どもたちの間から「だれもけがをしなかったの」という問いが生まれます。この問いはとても豊かな問いです。なぜかというと、記事を自分ごととしてとらえた問いであるということだけでなく、「みんなが登校してくる時間なのに、だれもけがをしなかったのは奇跡的」だとか、「この大木が前夜の強風に(日曜日ですね前夜)、必死に耐えながら子どもたちを傷つけないようにお別れしたようだ」と、こういうふうな豊かな解釈を引き出します。

 このようにして新聞記事の言葉といういわゆる見えるものから、今述べたような「現地の人の思い」であるとか「記事には書ききれない事情」であるとか、こうした見えないものを自分に引き寄せてとらえた解釈、こういったものを引き出すことができるということです。これがNIEが「あらゆる可能性を引き出す豊かな問いを育てる格好の教材」であることの根拠ではないかというふうに、私自身はとらえています。

 では教材としての新聞は、子どもから豊かな問いを引き出すことでどのような学力を育てるのかということを、平成25年度の全国学力・学習状況調査の結果分析から考察してみたいと思います。なぜ平成25年度であるかというと、実はこの年の調査で、中学校国語B問題に新聞記事からの情報活用力をみる出題があったからです。質問紙にもこの出題への対応や関連した質問項目も多数見られました。まず新聞記事からの情報活用力について、本県では、三つの小問があったわけですが、三つとも全国平均を5ポイントから10ポイント上回る結果となっていました。客観的で省略と独自の表現が多い新聞について、本県の先生たちが「柔軟でかつ確実な対応をしているな」というふうなことがうかがえました。また生徒質問紙の回答の状況から、この出題に対して本県の生徒が非常に積極的に向き合った様子もうかがえました。同じ質問紙の回答からは、目的や状況に応じて必要な情報を取り出し活用する能力が着実に育っていることも分かりました。

 例えば「国語の授業で本や資料を読むとき、書かれている内容が事実か意見かについて気をつけて読んでいる」という質問があります。良好な回答の割合は、全国平均が51%台だったのに対して、本県は68%台ということでした。それから「分からない言葉に出合ったとき辞書を引いて言葉の意味を理解するようにしている」についても全国の良好な回答の平均が42%であったのに対して、本県は58%台でありました。

 ここまで述べたデータが物語っているのは、本県の中学校の先生方が授業において未知の事象に対し、課題解決への意欲を持って学ぼうとする資質や能力を生徒に育てているというようなことです。いわゆる探究的な授業というのが日常的になされているというふうなことの現れではないかと考えられます。一朝一夕にこの姿勢は身に付きませんので、この点においては、おそらく小学校の先生方も一貫した指導であったことは想像に難くありません。

 学校訪問をしていると、この裏付けとなるような新聞教材を活用した授業を拝見することがあります。ある中学校では、リニア新幹線の誘致について産経新聞と毎日新聞の社説を参考資料として、賛否の立場を明確にして議論するという授業をしていました。ところが二つの社説というのが全く論調が異なります。どんどんやっていけという方と、ちょっと慎重であるべきじゃないかという、どっちがどっちかは今ここでは申し上げませんが、そういった論調が全く異なる社説でした。生徒は賛否について自分の考えを明確にし、根拠を持って述べるために、二つの社説の論調を分析していました。何が事実かということに問いを持ち、見いだした事実をどう解釈するべきか、という判断を迫られるような授業でした。

 授業者の先生は社説を読み取る視点として表現、構成、コメントの引用という三点において、書き手がどのような取捨選択をしているか丹念に読む時間を設定していました。新聞は生徒にとって、意味の分からない言葉や初めて出合う専門的な知識、言い回しの宝庫です。ですので、みんなが安心して同じ土俵で分かんないって言えるんですね。教科書教材を扱う場合と、新聞を扱う場合で、大きく異なるのはこの点ではないだろうかというふうにも考えました。生徒は分からないことを一つずつ授業者に聞いたり、自分で調べたりしながら、十分に理解を深めていました。「同じ内容をどのような言葉で表現しているか」「一方の社説には記述されていてもう一方には記述されていないことは何か」「それはどういう印象を読み手に与えるか」。こういったことを踏まえながら、リニア新幹線誘致に関するメリットとデメリットを熱心に議論することで、生徒は言葉の知識と同時にそれらを活用した思考力、判断力、表現力を身に付けていたな、というふうに感じました。授業後の生徒の感想が大変振るっておったので二つ紹介しますと、「何かJRの職員になった気分だ」というふうな生徒、それから「こういう授業だったら毎日毎時間やりたいなあ」というふうな、本当に自然とこういうつぶやきが漏れておりました。

 まとめますと、新聞は東北の自分とは縁遠いと思いがちな世界と生徒を結びつけます。生徒の世界とは異質な世界に生徒の居場所をつくるために、授業ではここはどういうところなのか、つまり、どういう内容を、どういう世界観を述べている記事なのか、ということを視覚化します。そして見える言葉から見えないものを問います。この手立てによってこの世界でどう振る舞い、判断すべきかという生徒の問いを引き出します。それはとても「豊かな問い」です。このような考えを新聞教育については持っています。

 小室氏 私はNIEの授業実践の中で子どもたちがどんな気づきをし、そして授業をどんなふうに進めていったのかということについてお話したいと思います。新聞が伝えていることは全て事実です。しかしそれは新聞記者の目を通して語られている事実です。取材した記者が目の前の情報のどこを切り取り、どんな順番で構成をし、そしてどんな写真を使い、誰のインタビューを取り上げるのか、というところに照らしたときに新聞記事を教材化する意味を感じています。

 授業の組み立てとしては、写真同士の比較、見出し同士の比較、それから本文同士の比較、三つの対象化させたものなどに多様な見方や考え方が表出してきます。比較から生まれた気づきや疑問を、さらに差異性や共通性という目で見たときに、「記事にどんな違いがあるのかな」「この写真のメーンは何かな」「そこにどんな記者の表現意図が潜むのかな」といった豊かな問いが子どもたちから生まれてきました。

 読売新聞社作製の「やる気を育てる楽しい授業作り 新聞活用ガイドブック」に次のような一文が載っています。「新聞の三要素の一つに写真があります。写真は一目見ただけでたくさんの情報を伝えることができる一方、読み手の情感にストレートに訴えることもできます」とあります。どんな長く書いた文章よりも一枚の写真が私たちの心を動かすことがあります。どの角度から撮り、画面に何を入れるかは、その撮る人の心の目が選択したものだと思うのです。見る側、読む側を意識しつつ、記者が何を伝えたいのか、それが写真に色濃く焦点化されているのだと思います。

 こちらの秋田魁新報社の新聞活用のガイドブックにも載せていただきましたが、新聞記事を扱って初めて学習する子ども向けの授業の例を紹介したいと思います。「新聞記者の目になって」という2010年、秋田魁新報社、5月4日付の記事を、角館の桜の記事を扱った4年生での授業実践の例です。

 4枚の写真をご覧ください。「青空に誘われ観光客どっと 角館の桜見ごろ」という見出しの本文にぴったり合う写真を、この4枚の中から選ぶという学習活動です。1時間目は、写真に写っているもの全てを出し合います。どんな小さなものでも見えたもの全てを出してという、その全てというところが子どもの心をくすぐるようです。Aの写真をご覧ください。この写真では七分咲きの桜、観光客、川、石、地面、影などと細かいところが子どもたちから出ます。同様に4枚の写真を見ていきました。

 2時間目は1文か2文で写真説明文を作ります。Aの写真に対しては「桧木内川堤の桜が七分咲き 1週間後には満開か」という写真の説明文を作った子どもたちでした。そこで私は「さっき石や観光客、地面という見えたものがあったはずなのに、どうしてその言葉は使わなかったの」と尋ねてみました。すると子どもたちは「だって観光客は、ぼやけて写っているから写真の主役ではない」だとか、「ピントが合っていて真ん中に大きく写っている桜が写真の主役である」と答えた子どもたちが見つけた学びは、写真の主役、メーンは何かを考えて説明文を作っていくことが大事だということでした。Bの写真をご覧ください。ここからは画面比率や動きのあるもの、この写真では普段あまり見られない人力車が2カ所あるところに着目することから、写真のメーンを子どもたちは読み取っていきました。

 3時間目はいよいよ本文と写真の照合です。この段階でAの写真が一番先に消えました。本文のメーンは大勢の観光客であることが根拠でした。そしてCの写真です。すると観光客も多い桧木内川堤のCの写真の可能性も出てきたのですが、観光客があまりに小さく写っていることや記事の逆三角形に触れた発言から、武家屋敷通りに咲くシダレザクラも本文のメーンにかかわっていることに気づいていく子どもたちでした。最後にDの写真です。肝心なメーンの桜があまり写っていないこと、観光客の表情があまり見えないことを挙げていました。さらに本文にある「見頃を迎えた」だとか「3日は朝から青空が広がり」などの部分から、ようやく晴れ渡り、桜祭りを楽しめる観光客の気持ちの高まりを読み取った子どもたちの姿でした。最終的にはBの写真に決定づけた子どもたちがおりました。部分しか見えていなかった子どもたちが、比較検討していくうちに、客観的な思考で読み進めて、見えにくかった記者の表現意図に触れた総合的な読み方をするようになっていった姿を見ることができた授業でした。

 最後に新聞を教材として付けたい力を、大きく二つ述べたいと思います。一つ目です。見出し、本文、写真に一貫性があることや記事の逆三角形といった新聞記事の特徴を知ることで構造的なつながりを意識して読む力を育てたいと思います。学習指導要領の解説では、文章の内容や構造の理解、文章の特徴の把握という部分にあたります。そしてもう一つは学習指導要領の解説では書き手の意図の推論という部分にあたりますが、情報の受け手としてだけではなくて、情報の意図を読み取った上で客観的な視点に立ち、自分なりの考えを持つ送り手としての表現力も育成していきたいなというふうに考えております。

 大石氏 今年でNIEを担当して8年目になります。NIEを担当してだいぶん長くなります。普段はNIEの取材ですとか、実際に紙面を組むという作業、あと出前授業をやったり、職場見学などの対応をしております。NIEの全国大会は2010年の熊本大会から参加しておりまして、今回はこのような立場で登壇することとなりました。私が主張したいことは、先生方は実践される方ですが、私は新聞社の人間ということで、主張したいことは、先生方には新聞社を有効活用してほしいという、この一点に尽きます。

 私がNIEを担当する上で力を入れてきたことは大きく二つあります。一つは先生方に授業で使えそうな記事を紹介したり、この記事を使うとこういう授業ができるのではないか、というプランを提案したりしています。先生方と授業の研究をしていますと、授業研究について話をしたりするのが、実際には夜の6時を過ぎてからとか土曜日、日曜日というふうに土日に相談をすることも少なくありません。そういった先生方の、先生方は非常にお忙しいので、そういう先生方を少しでもサポートできればと思ってやっている取り組みです。もう一つは新聞教室という形で学校に出向いたり、あと弊社や弊社の印刷センター、御所野にあるのですが、印刷センターに来た子どもたちに授業を行っています。新聞教室にはいろいろなパターンがあるのですが、その中の一つとして動画を使って子どもたちに取材を疑似体験してもらうという取り組みを一つ紹介したいと思います。

 動画を使って取材を疑似体験してもらうという授業の流れなのですが、これは小中高問わず、小学校ですと45分、中学高校だと50分なんですが、小中高問わず同じ流れでやっております。まず授業の冒頭、私の方から取材メモの取り方や情報を分かりやすく伝えるには、いわゆる5W1H、いつ、どこで、だれが、なにを、なぜ、どのように、ということが大事であるということを解説した後に、実際に1分間動画を見てもらいます。最初は映像だけを見てもらいまして、見て気づいたこと、見ただけでは分からないことをまずメモしてもらいまして、その後、動画を見て分からなかったことを私に取材してもらうというものです。実際に使っている動画がありますのでご覧いただきます。

 これが動画なんですけれども、皆さん、今1回しかご覧いただかなかったんですが、通常はこれを2回、3回と流すんですが、皆さんご覧いただいたときに気づいたこと、これを自分だったら、これを実際に取材をしてみたい、ということはどれぐらい思いついたでしょうか。この動画を見て、まずは5W1Hに基づいて子どもたちが私に取材をしてくるわけなんですけれども、それから、さらに気づいたことがあれば質問をしてもらうということになります。今の動画を見て、子どもたちは非常に書くのが上手だなと思います。特に表現が豊かでして、小学生ですと今の動画を見て、「泥の感触を楽しみながら苗を一本一本抜いていた」という表現をしたりします。中学生だと、投げられた苗を飛び込んで取っているシーンがあったと思うんですが、中学生ですと、「ぬかるみに足をとられていたのか、転ぶ生徒も見られた」というような表現をしたりします。

 面白いことに、いろいろな学校でこの実践をしてきたわけなんですが、新聞をよく読む子どもと、あまり新聞を読まないという子どもとでは、「気づく力、発見する力が違うなあ」というふうに感じています。「新聞あまり読まない」っていう子どもたちと触れていると、私が授業の冒頭に説明する5W1Hの要素を聞いてだいたい満足してしまいます。今の映像は、秋田市の農業高校で毎年行われている、1年生が実習田で行っている手植えなんですけども、これを5W1Hの要素を聞くと、だいたい、「じゃあ記事書けるかな」というふうになってしまいます。ただNIEの実践校ですとか、普通の実践校じゃない学校でも新聞をよく読むという子は、5W1Hだけではなくて、別のことを聞いてきます。「米の品種は何ですか」とか、実際に空の全体、青空が映っていたんですが、「空の全体の面積を見るとあれは青空と判断していいんですか」とか、さらに驚くのが、この中には生徒のコメントってのはなかったのですが、「田植えをした人の感想はどうですか」というふうに質問をしてくる子どもたちもいます。そういった子に、よく気づいたなと思って「どうしてそういうとこに気づいたの」と聞いてみるんですが、そうすると返ってくる言葉が「だって新聞にそう書いてるじゃないですか。いつもそういうパターンですよね」というふうに返事が返ってきます。そのワンパターンを読み取られるのはきついところではあるのですが、ただいろいろ、新聞ていうのは、いろいろな情報がたくさん詰まっている中で、普段新聞を読む子どもたちはそこから自分の読みたいものを選ぶということをしています。それを継続していると、発見するという、気づく力があるんだなというふうに、これまで取り組んできて感じています。

 私がこのように取り組んできたのは、まず、「なぜ」というふうに思うところは、やはり気づきから生まれると思います。記者って言うのは世の中を見る目というのが必要でして、そういった見る目をまずは子どものうちから養いたいと、普段漫然と過ごしていてはちょっとしたことも気づかなかったり、見逃してしまうということもあるので、ささいなことにでも気づくということを、まずは今からでも授業の中で一つのきっかけとして養っていけたら思って取り組んでおります。

 私たち新聞社というのは、このように先生方に記事を提供するということもできますし、学校に行って授業をするという、いろいろなパターンでサポートができますので、学校の先生方には新聞社、全国紙もありますし、各地に地方紙がありますので、新聞社を有効活用してほしいなあと私は思っております。

 小原氏 今日は三点、話をさせてください。私だけが秋田県内の出身ではありませんので、一点目は秋田県の取り組みの中で非常に学力が定着している、あるいは向上している、特に国語のB問題などは10ポイントくらい全国平均よりも高いんですよね。その背後に新聞の活用っていうのがあるだろう、というふうに言われているんですけれども、その謎解きをしたいなあというふうに思っています。それはやっぱり、ただ新聞を使っているから高くなっているのではなくて、その背後に何があるのかっていう、なぜっていうのをみていきたいのが一つ目です。二つ目はこういう取り組みっていうのは、広島県の場合、あるいは全国の場合で、どんなふうな先進的な取り組みがなされているのかというのをいくつか紹介したいと思います。それから三つ目はNIE、日本で始まって30年過ぎるというふうにいわれていますが、全国大会も20回目、成人式を迎えましたけれども、今後を見通したときに新たな価値付けが必要なのではないかというので、これからというのを考えてみたいというのが三点目です。

 一つ目ですが、新聞が、あるいは読書活動や新聞を読み解くことが、学力の定着や向上に有効であるというのは、よく言われているところですが、それはこれまでも言われてたんですが、どういう使い方がそれを実現するのかというので、今日提案された京野先生は、「探究的な授業のやり方を小学校でも、中学校でもずっと地道に取り組んできたそのことが大きく影響しているのではないか」というようなご提言がありました。と、同時に、小室さんからは実際の授業の場面の中で出てきたのが、この角館の桜でした。私、三回行きましたけれども満開場面は一度も出合ったことがありませんが、あの場面、新聞記者さんがたくさんの写真を撮られて、その中の一枚を使うという、使わなかった写真を授業の中で登場させて読み解いていきますが、なぜこの写真を選んだのか、その選んだ背景にどういう読者への思いというのがあったのか、ということまで、読み取らせようとしているっていう。こういう授業の組み方というのは大きく影響しているというふうにも考えられますし、それを活用できるような新聞提供、写真提供を新聞界によってなされている、というこういうコラボがなされているというのが、大石さんの提案からもありました。同時にちょうど登壇しているメンバーがそうであるように、そういう学校の取り組みを新聞界だけではなくて、行政、教育委員会も、それから阿部先生のような大学の研究者も一緒になったネットワークをつくって秋田県の場合は取り組んでいっている。その背景には、県教委が「問いを発する子どもを育てていくんだ」という、こういう子ども像を、目指す教育像というのを、掲げているというのも、非常に大きな自信を持って先生方が進められていく秘訣になっているんじゃないかなというふうに思います。

 二つ目です。このような取り組み、最近全国でも取り組まれてきているのではないでしょうか。私は20年前、広島県NIE推進協議会発足と同時に会長になりましたが、今年の5月で20年目を迎えた、20年とちょっとになるんですけれども、会長職を交代いたしました。「なぜ交代したのか」とよく聞かれるんですが、「20年たったからです」というふうに回答しています。その中で20年たつと、やっぱり振り返ることが多くなります。その中で一番心に残っているのは、実践校が増えたとかですね、先生方のネットワークができたとか、たくさんのNIEの実践を全国に向かって発信できたということもありますけれども、何よりもやっぱりうれしかったことは子どもが育ってきたということだったというふうに思います。従って20年目の記念誌は「新聞で育った子どもたち 20年間の希望の物語」というふうにタイトルをつけさせていただいて、先生方の実践でなくて、育った子どもの姿というのを報告書としては出させていただきました。その中で海田西小学校の5年生の子どもと対談したことがあるんですけれども、そのときに5年生の子どもに私が突然、「NIEの魅力、どこがいいの」というふうに聞きました。子どもは少しだけ考えて恥ずかしそうにこう言いました。「答えがないから」って言っていました。「自分で見つけた答えのない問いをみんなで力を合わせて解いていって議論をしていくところにNIEの醍醐味があるんだ」というふうに、小学校5年生は気づいていました。たくさんの子どもたちの中で「なぜ、どうして、もっと知りたい」、新聞でですね、あるいは「どうしたらいいのかみんなで考えをしぼって」っていう子どもたちも育ってきました。そして「自分の意見や考えをみんなに発信していこう、伝えていこう」という、新聞で、というふうな子どもたちも育ってきました。被爆体験の記事をずうっと集めて記録していた中学生が、その思いを、高校生になったときに世界に向かって発信したいというので、高校生平和大使になった子どもたちもいます。子どもたちが育ってきてるんだなというふうに思うんですが、育っている子どもの例を少し紹介します。

 一つ目の例は、福島県に浪江という小学校があります。現在は二本松市の下川崎小学校という閉校となった学校を使って再開されてますが、600名いた浪江の小学生、戻ってきたのは17名でした。583名は県内外で生活を送っているということになりますが、その17名の子どもが583名の子どもたちのために伝えたいという思いで始めたのが「ふるさとなみえ科」という授業です。それは子どもたちの新聞づくりです。古里浪江には戻れないけれども今も頑張っているという子どもたちの姿を、人々の姿を、子どもたちが取材をして、新聞だったらどこかで見てくれるかもしれないというふうに伝えようとしています。志のあるNIE活動というふうに言ってもいいかもしれません。

 あるいは新聞に載る、学校の取り組みがニュースとなって新聞に載るっていうNIEもあるのではないでしょうか。例えば、休耕田を何とかして復活させたいというのでレンゲを植えてミツバチを飼っているという学校が広島県にあります。その子どもたちが東日本大震災でミツバチがいなくなったイチゴ畑の農家にそのミツバチを送っていくっていう取り組みをしました。当然ニュースとして新聞に取り上げられます。それはもう一つのNIEといってもいいのではないでしょうか。NIEが地域を活性化していく、学校が地域を支えていく、という取り組みだと思います。主権者教育はいろんなところで展開されています。たぶんこれからもいろんなところで、私がかかわった京都府や沖縄、高知、徳島などなど、さまざまなところで主権者教育としてのNIEも始まっています。

 それらに共通しているのは何かというと「なぜ、どうして、もっと知りたい」です。「どうしたらいいの、みんなで考えよう」です。そしてその意見や考えに、議論した意見や考えをみんなに伝えていこう、より良い社会をつくっていくために、そういう子どもたちが育っている。秋田のように、県から数値では出てませんけれども、いずれNIEがそろって力ある社会をよりよくしていくということになるのではないかなと思います。時間になりましたのでここまでで。あとはまとめのときでお願いします。

 阿部氏 4人のみなさんありがとうございます。これから少しステージでパネルディスカッションに対しての対応をしていきたいと思います。その後フロアの方に回しますので、ご準備をお願いしたいと思います。それでは、それぞれ例えば京野先生、小室先生については、まあ大石さんもそうですけれども、先ほどの私の基調提案で、尾木先生の講演とかかわる部分があったと思いますので、そのあたりをさらに引き出していくという意味もありますんで、まずはどうでしょう、小原先生から3人への、場合によっては秋田におられるフロアのみなさんへの質問をぜひ一つお願いします。

 小原氏 阿部先生も含めて質問してもいいですか。秋田県でNIE、新聞を活用した教育が子どもたちの学力定着、向上に大きな影響を与えているというのはよく分かります。そこで少しデータを見させていただきました。今日のご発表にもありましたけれども、小学校では全国どこでもかなりいい数値が出ても中学校になったときに、全国平均よりは高いんだけれども小学校に比べるとどうしても下がってくる、特に、そういう傾向があるんですけど、秋田県の場合、数値を見ると下がっていないですよね。小学校と同じように中学校もいい成績を出してる。あるいは今日、B型学力、なぜどうしてというB型学力の問題が言われました、10ポイントぐらい高いというふうに言いましたけれども、私はC型学力と呼んでるんですけれども、関心意欲、学習意欲に関わる学ぼうとする力も秋田県は高いのではないか。で、そのことがB型学力、A型学力にも影響を与えているのではないかと考えているのですがどうなんでしょうか。それからなんと言っても探究型授業ってそう容易ではないので、そういう先生を育てるようなもう一つのカリキュラム、先生を育てていくようなカリキュラムがあるんじゃないかなと思うんですが、そのあたりぜひ秋田の先生方から聞いてみたいなと思うんですけれども、いかがでしょうか。

 阿部氏 ありがとうございます。まず一つ目からまいりましょう。確かに秋田県の場合、小学校のA問題、B問題ともトップクラスですが、中学校になっても下がらないんですね。だいたい、順位ばっかりいうのはなんですけど、国語数学ともにAB問題ともに1位か2位。で、全国平均との差も、むしろA問題よりもB問題の方が開いている。つまりよりいい、B問題が。なぜなのか。それからもう一つ、実は申し上げると、あまり言われないんですが、実は秋田県の子どもたちの白紙回答率が極めて少ないんです。無回答の子が小学生も中学生も大変少ない。このあたりもどうも関係しているような気がするんですが、どうでしょう。京野先生は指導主事として小学校だけではなくて中学校も回ってらっしゃるので、一つ目のなぜ中学校で下がらないのか。そのへん切り口をちょっとお願いします。

 京野氏 あくまでも学校訪問等を通しての印象ですので、客観的なデータはありませんが、訪問に行くと、例えば小学校で研究会があるとすると、近隣の中学校の先生が何人も参観にいらしている。その逆も当然あります。中学校で研究会があると、小学校の先生が参観にいらしている。そういう本当に地道な交流を通して、まずはお互いの教育方法をきちっと連続させていこうという意識が、非常に秋田の先生方は、ほかの県もそうなんだと思うんですが、秋田の先生方は本当に強いなということをひとつ感じています。それからもう一つ。確かに調査は数値が高いということで、これは大変喜ばしいことだと思っているんですが、それはあくまでも平均の数字であって自分の目の前の子ども一人一人の姿を具体的に表したものではありません。ですので、そこのところを非常に良く感じている秋田の先生方は、小学校も中学校もどちらも「うちのクラスのこの子は」というふうな視点で、一人一人の子どもの学習状況を具体的にみることおいて、非常に私は意識が高いなというふうに感じています。「その子のためにこういう授業をしよう」「この子を中心に位置付けてこんな授業を構想しよう」という意識は非常によくいろいろな授業を拝見するにつれて感じるところですので、そういったところが、そういったきめ細かな子どもに対する見取りが学力を支えているんではないかなというふうには考えて、そこが中学校でもずっと子どもの学習意欲が落ちない一つの要因になっているのではないかなというふうなことも考えています。

 阿部氏 私もずいぶん秋田県内の小中学校、北から南まで、また指導主事の先生とは違った立場で回るんですけれども、小学校と中学校の授業がいい意味であまり違わないんですね。よく言われるのは小学校では子どもに考えさせたり、いろいろ発言を出し合ったり、子どもを主体的にというんだけど、中学校になると急に先生中心でっていうパターンありますよね。先生の講義式、せいぜいちょっと問答で、子どもにこうあてながら、っていう程度の授業に、全くモードが変わってしまうという傾向が全国的にあるんですが、私が見てる限りでは、そういう授業がまったくないかというとそんなことはないんですが、でも中学校でもやっぱり子どもに考えさせる。先ほどの探究型というのは、いろんなパターンがありますが、学習課題についても子どもと先生が一緒に考える。例えば先ほどの小室先生の授業でも、あれはやや先生の方で、小学校4年生ですから、出してますけど、この二つの社説について、「どうするやっぱり賛成反対出そうだ」「じゃあみんなで議論しよう」っていうようなことでそれを課題にする。今度一人一人がそれをやって、さらに4人程度のグループ、先ほど私のスライドにもあったと思うんですが、小中学校で話を聞く、する、そして今度全体で話をする、またグループ、もちろん先生はそこで適切な助言をしたり、重要な発言はみんなに引き出して考えさせたりしますけれども。それがどうも、小学校だけでじゃなくて中学校でもあるいは行われているのではないか。どうも他県に私、講演なんかに行った時に授業を拝見すると、小学校ではそういうものをよく見るんですが、中学校になるとぱたっとそういうものが見られなくなるというのが、どうも全国的な傾向のようなんですけれどもね。それがどうも秋田では相対的に多いのではないか。実際に全国学力・学習状況調査の生徒質問紙で、「あなたの授業中、話し合う活動をしていますか」に対してYesと答えた子どもが、確か20ポイント近く、中学校では「はい」と答えた子どもが、多いです、秋田では。ですからそのへんが、小原先生、違うんだなと思うんですけども、ご納得いただけましたでしょうか。

 小原氏 納得しましたけれども、そのC型学力をNIE、新聞を活用することを通してどうやって高めようとしているのか。そのあたりもぜひ知りたいのですけれども、他の方にもお願いします。

 阿部氏 そのあたり、B型学力と学ぼうとする気持ち、それが白紙回答を少なくしているというあたりで、小室先生も付属小学校だけでなく公立にも行かれたり、いろんな授業を見てると思うんですが、そのあたりどういうふうにしてそれを生かしているか。ちょっと、先生のご経験で結構ですから。

 小室氏 実感としてあるのは、先ほど京野先生がおっしゃった中にもありましたが、見えているその言葉の裏側にある、見えないものを子どもたちが発見したときに、やはり子どもたちは学ぶ楽しさを味わう手応えを感じるというのは言えることだなと思いました。あるとき新聞を活用した授業をPTAのときに行ったことがあります。そのときに保護者の方々から「写真を大きく比較するものがあるんだけれども、本文を私たちにも渡してほしかった」というふうな声がとても多く聞かれました。大人も子どもも同じ土俵で考える、うーんとうなっていく、そんなふうな記事、意味のある記事が教材化されたときに、子どもが本当に自分で学べた楽しさを味わえているのかな。すると、その楽しさが次にも使える楽しさ、学べる学び方も分かるというところに、その学ぼうとする学力につながるところがあるのかなというふうに考えました。

 阿部氏 ですから特に、こういう言い方はしたらいけないんですけど、通り一遍で新聞を扱えばうまくいくというのではなくて、実は京野先生の例のリニアの話もそうですし、社説もそうですし、小室先生の授業も私は実は見たことがあるのですが、かなり教材研究を徹底的にしますね。教師自身が本当に細かく分析をして、それも一人でなくて共同で分析をして、写真を徹底的に読み込む。大人でも気づかないんですよね。徹底的に読む。本文との関連も。もちろん大石さんのような新聞のプロにもいてもらって「どうですか、これでいいですか」と言ったら、「その通りです」とか「自分たちも気がつかないけどそうですね」とかというような、そういう、こう教材研究の深さを、それも一人でなくて共同でやるということもよく行われているんですね。ですから、新聞を使って通り一遍だったらきっと子どもが食いついてこないのが、やはり、ちょっと難易度の高い壁に、子どもはうっと思いながら頑張ってみようという、そのへんのモチベーションが、教材研究が深いために、もちろん授業のつくり方もあるとは思うんですけれども、できているような気がしますけれども。大石さん、いかがですか、そのへんは。実際に入られて、先生方と一緒に授業をつくってみて。

 大石氏 先生方の授業づくりに、小室先生ともあったんですが、先ほどご紹介した角館の桜教材、一緒に共同研究させていただきました。ほかにも先生方と共同研究させていただくんですが、その授業だけをブラッシュアップ、その授業だけがよければいいというのではなくて、そこで子どもたちがより学びを深められるように事前の下地づくり、事前準備がすごく真剣にされているなと思います。明日の公開授業なんですけども、明日の一発花火、打ち上げ花火で終わればいいという形ではなくて、そこまでにかなり子どもたちに新聞を使った継続した活動をしてこられていました。小室先生もそういった普段から子どもたちに新聞を興味持たせるような取り組みをされていて、その一連の流れの中に授業があるので、土台作りをしっかりしているというのが秋田県の先生方の印象です。

 阿部氏 だからそういう意味で言うと系統的に考えてやっていると。たまに新聞入れてみようかというのではなくて、やっぱり重要なところでぱっと1時間だけ入れてみて、それを下地にして、そう時間はかけられないので、1学期でこれだけをやったらそれに対して2学期ではこれをやるというような。かなり系統的に。そしてさらに言えば4年生でやったから、今度5年生ではもうちょっとレベルの高いところにいこうというような、そういう系統性をかなり重視している。もちろん時間はそうそうNIEだけには使えませんが、そんな感じがしますよね。あとはやっぱり教材研究の深さと、探究型の場合はこわいのは話し合いだけさせて、どういう力がついたのか分からない、どういう発見があったか分からない、いっぱい発言が出てるんだけど何が何だか分かんないという授業がありがちなんですが、やっぱり教材研究をする中で、狙いを明確にしてここまで子どもたちに到達させよう、こういう気づき、こういう力をつけようという狙いがかなり周到に準備されているというふうに、私は一緒にやっていて感じますね。

 それでは小原先生から出た二つ目ですね。探究型授業というはおそらく全国で47都道府県で行われていると思うんですよね。ただ、私も見てて秋田県の場合、小中の先生について言えば、探究型授業を割合に上手、という言い方は変かな、非常にクリエイティブになさっている先生の数が多いような気がするんですよね。何で秋田県はそういう先生方が、大変多いのか。カリキュラムがあるんじゃないかってことなんですが、これはやはり京野先生に振るしかないよね。教育委員会としてはどうなんですかそのへんは。なぜそういう形で授業ができる先生が多いのか。

 京野氏 小原先生が先ほどおっしゃったんですが、私あとで切り札として出そうと思っていたのが「問いを発する子ども」の話だったんで、今もう触れざるを得ないですね。秋田県の最重要課題として全県共通の最重要の教育課題として「問いを発する子ども」というふうなことを掲げているんで、全県下やっぱり一枚岩になって、そこを目指して進んでいるんだろうと思います。ただこれ、よい質問をすればいいという単純な文字通りの意味ではなくて、知的好奇心を持って探究心を高め、そして大勢の前で、今、私がそれをしているわけですが、堂々と自分の考えを述べるというふうなそういう子どもを育てるということが根底にあります。ですので、やはりそこを目指しているということが先生方の授業づくりを支えている一番大きな土台になっているのだろうなというふうに感じました。

 阿部氏 私もそれが大学の立場で見てますと、京野先生、教育委員会の立場で型通りに言っているのではない、そうではない、本当その通りだと思いますよね。秋田県は共同研究がすごいですよね。研究授業の時に、研究授業担当の先生に一人任せなんてことはほとんどないですよ。一緒に研究チームをつくって事前研究から一緒にやって共同でつくっていく、教材研究から。ですからそういう中で当該の先生以外も学ぶ。当日の授業研究もただ感想を言い合うという、終わった後、検討会でただ感想を言い合うのではなくて、場合によっては、さっきの子どもの探究型のように先生方がグループをつくって、付箋を貼って、模造紙に分析的に、今日の授業の成果と課題をしっかりとこう検討して。で、今度全体会で発表してもう一回課題を話し合うっていうような。そう、こうまさに先生方も探究型と言えるような授業研究システムを秋田県はかなり持っていると思いますね。それが各学校、京野先生がさっきちょっと言った小中連携とか、市町村レベル、場合によっては県レベルでもそれが行われている、そういうあたりが地域によって探究型ができてるけど、この地域はできていないということがない理由ではないか。ですから新聞のNIEについても、「こういういいNIEの実践があった」というのもやっぱり横に広がっていきますよね。「あっそれいいならうちもやってみよう」とか、「似たのがあったけど、今度やるけど手伝ってよ」とかいう感じが出てきますので。そういう点では先生方の共同研究、小原先生、カリキュラムとおっしゃいましたけど、それはもうカリキュラムっていうほど、なんか完全なものではないんだけども、それがかなり私の感じから言ってもかなりできている。小原先生いかがですか。

 小原氏 最近、広島県の、先ほど触れた海田西小学校にNIEの専科の先生が配置されたんですよね。その先生はNIEのベテランの先生なんですけれども、最初はその先生がこんな教材を使ってこんなふうな授業をってやってみせるんですよね。で、次第に2学期になると今度はチームティーチングでさせてみるんですよね。そして最後、3学期になると独り立ちをさせていくっていう。こういうふうに徐々に離れていくようにして育てていく。そうすると、「NIEってこんなふうに子どもの力が見えてくるのか」「ここではこういうふうに支援するのか」っていうのが、次第次第に身に付いていって。で、その学校が核になって、先生方がそうなってという。そういうふうな先生を育てるもう一つのカリキュラム、NIEには必要ではないかなというので、秋田のこの取り組み、共同研究の中で、それをっていうのはたぶんメンター制のようなものだろう、そういうのがあるんだなっていうのを知りましたね。

 阿部氏 それを私から見てると、県や市町村の指導主事の先生がかなり大きな役割を果たして、ですから研究授業っていうと、悪いパターンは当日、研究授業のときだけ指導主事の先生が行ってコメントをするというパターン。そういうことも全くないっていうわけではないけど、事前研究から指導主事の先生が一緒に入っていく、われわれ大学の教員が助言者のときも前から入っていくということで。そういうシステムが県全体としてうまくできているんですね。ですからNIEでやるときも、そういう感じで事前研究から入っていって、さまざまな人たちがかかわり合いながら共同研究を非常に立体的にできている。それは先ほど言った教材研究の系統性も狙いもその中で出てくるし、探究型の場合もちゃんと行き当たりばったりではなくて、何回話し合いをさせるか、もちろんその通りにはいかないですよね、1回何分にするかということを考えて、その時子どもにどういう試行錯誤をつくるか、くらいのことをちゃんと計画していますよね。実際の授業ってのは生きているから、その通りにはいかないけども、ずいぶん緻密な準備を共同研究でしていくというようなことがあるので、NIEの授業でも大変深く立体的ないい授業になる。だから明日の授業も別に特別な授業ではなくて、きっとそういう授業の一端が見えるのではないかという気がいたします。

 時間があと30分になってしまいました。それでは今度はフロアの皆さんからご質問、ご意見をいただきたいと思います。

 川本氏 山口県のNIEアドバイザーの川本です。大石さんに一点、それからフロアのみなさまに一点お尋ねです。大石さんは先ほど新聞社を有効活用してほしいとおっしゃいましたけれども、新聞社の方からどうアプローチされているのか、教員の方からどう新聞社の方にアプローチしているのか、それを具体的にお聞きしたい。もう一点、フロアの秋田県の先生方にお尋ねです。今、壇上におられる先生方は私よく分かりました。じゃあどのように広がっているのかという実情を、フロアの秋田県の先生におうかがいしたいのです。いかがでしょうか。

 阿部氏 それにかかわった、確かに新聞のプロの方と教員とのかかわりのことはあんまり出ませんでしたので、それに絡んだご質問、ご意見ありませんか。それではまず大石さんお願いします。

 大石氏 今のご質問に対してですが、私たちの新聞社の方から声を掛けるというよりも、むしろ実践をしている先生たちの方から相談を受けることが多いです。私の方から指名して、「先生この記事を使ってみませんか」という形ではなくて、多くの場合は、先生方から、私たち秋田県NIE推進協議会事務局である魁新報社に相談がくることがほとんどです。そのときに今、小学生だとしたら、「小学校5年生の国語のこの単元で新聞使おうと思ってるんだけれども何かいい教材ありませんか」というような問い合わせがあるので、だとしたら「今の子どもたちの読み取る能力どれくらいですか」とか、実際に今まで小室先生と共同研究をしてきた中での小学校5年生くらいですと、一般の記事、私たち魁新報は一行あたり13字なんですが、13字30行くらいを読み取るのが小学校5年生だと、5、6年生だと精いっぱいぐらいだというふうに感じています。なので、そういった先生方の「今こういう授業をつくりたい」、あと「今子どもたちはこういう力があるんだけど、こういうところを伸ばしたい」というところを聞いて、「こういう記事使いませんか」ということで提案をしています。

 阿部氏 秋田県の先生でということなんですけども、もしよろしければ、いかがでしょうか。秋田県の先生がご自身手を挙げて、魁新報社だけでなく読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞などの秋田総局、秋田支局ありますから、そこにもお手伝いをお願いしている場合もありますけども、何で先生方そんなにこう、例えば魁なら魁に、そんなにこう積極的に行くのか。そこらへんは小室先生、相談に行った立場としては、何でまた相談に行こうと思ったのかを。

 小室氏 まず大石さんを大変信頼しています。先ほど見ていていただいた4枚の写真、Bの写真が実際に使われた写真でしたが、実は残りの3枚は、大石さんに撮ってきていただいた写真です。というのは、教材化するときに新聞記事が命だなと感じるものですから、逆に一貫性があるものだとか、表現意図が教育的に見えるものだとか、考えた中で、その学年にあった記事の構成がされているもの、それからその写真を使われなかった理由を考えさせることで学びの力をまた高めていきたいものですから。付けたい力から逆算して、「こんな写真がほしい」という注文を大石さんにしていくと、またその相談の中で撮ってきていただいたという経緯が先ほどの写真にはありました。

 阿部氏 ですからこう言ってはいけないんですけど、通り一遍の協力じゃなくて、かなり積極的に授業づくりにかかわっていただいて、で、例えばこれはちょっと小さいですけど、竿燈ですけれども、竿燈の場合も実際に使ったものはもちろん新聞に出るんですけども「使わなかった写真ありますか」っていうと、全然隠さず出してくれるんですよね。「これ使えませんでした」「何で使わなかったんですか」っていう話をしながら、教材化していくんですよね。それから「この見出しのときに議論になったんじゃないんですかね」と言うと「実はなりまして」とかって、ちゃんと裏話もね、「こういう見出しと迷ったんだけど」という、そういうちゃんと裏まで教えていただいて。だからわれわれも教師の方も非常にやりやすいというか、使いやすい。それからこれはもちろん共同通信から配信があったりすると、当然いろんな共同通信の配信の中から選びますよね、地方新聞社ですから。そうすると選ばなかった情報もちゃんと教えてくれる。もちろん教材にするときは共同通信社さんに秋田魁新報社としてOKをいただく、許可をもらいますけれども、教材にしますんで。でもそういうところまで、かなり深いところまで通常、教師を外側から見てお手伝いというだけじゃなくて、かなり深いところまで手伝ってくださるんですよね。だからまたやる気になって、子どもが面白い、力が付く、それがやはりさっきの話のように、横のつながりがあるから「良かったよ」というと、聞いた先生が「じゃあ私もやってみようか」っていうこういう横のつながりの中で、おそらく京野先生のような力のある指導主事の先生がたくさんいらっしゃるので、「実はここでこんないい実践があったよ」ということをほかの学校にもやっぱりそれとなく伝えてくださるというような。そういう、秋田県で見てると、横の風通しがいいんですよね。いいことが始まるとどんどん横に広がっていく。

 ちょっと関係ないんですけど、家庭学習ノートという、さっきの尾木先生のように、やったことを翌日出して、先生が赤で書いて返すっていう取り組みなんかも、県教委がやろうと言ったんじゃなくて、だんだん横に広がっていったんですね。ほとんどの学校で今やっている。それが学力を支えていますが、そういった風通しの良さみたいなものと、あとは新聞社のこれは魁さんだけではなくてほかの新聞社もそうですが、大変丁寧に、お願いすると受けてくださるという点があるのではないかと思うんです。それでは、どうぞ。

 矢澤氏 すみません手短に。静岡県でアドバイザーをさせていただいています矢澤と申します。ありがとうございました。私、今日出ていない視点で一つお話をさせていただきます。今日これは多分、秋田県では当たり前なので、今日はわざわざ出ていない視点かなと思うのですが、それは家庭の教育力です。秋田の学力の高さというのは、実は家庭の教育力に支えられているとこが非常に大きいなと思います。何年か前に、実は秋田の学力が高いということでその秘密を教えていただきたいということで、私こちらに飛んできて、いろいろ調べさせていただいたことがあるんですが、先生方の授業研究の質の高さとかはよく分かりました。だけどそれ以外にですね、やはり家庭の教育力が非常に高い。家庭の教育力というのはどういう教育力かというと学校を信頼してくれているという、そういう教育力です。これが非常に高いんで学校の指導がそのまま子どもたちに浸透していく、そんなことを感じました。これから考えると多分、家族NIE、ファミリーフォーカスも秋田県では自然に取り組まれているのかなというふうに思います。学校がちょっと投げかけをすれば、きっと家庭の方でそれを子どもたちに対して、これはいいことだねっていうことでどんどん広めてくれるような、そんな素地があるのかなと。特に小さい子どもたちは家庭の中で問いを持つという機会が非常に多いと思います。学校だけではなくて、家庭でどれだけそういう素地を作ることができるかという意味で家族NIE、ファミリーフォーカスは、私は大きな視点になるのかなというふうに思います。その家族NIEが自然にできてるんじゃないかなと思った出来事がありました。今朝、私、電車に乗りました。普通の電車です。御前崎から秋田まで7時30分ごろ乗ったんですが、私の目の前に視界に12人の方がいました。12人の方の半分くらいは眠ったふりをしているのか、眠っているのかしていましたが、2人の子どもたちが問題集をやっていました。「これは秋田はすごいな」と思ったんですが、スマホを2人やってたんですが、残りの3人がですね、実は新聞を読んでました。若い女性一人、若い男性一人、中年の男性一人。そういえば私、見ないですよ。このごろ新聞読んでいる方。「秋田はすごいな」と「これが秋田の実力か」というふうに私は思いましたけど。

 阿部氏 そろそろまとめていただいて。すみません。

 矢澤氏 ですから家庭でね、家庭でNIEが自然にできるように家庭に働きかけをする、あるいは家庭を巻き込むというこんな視点。たぶん秋田の方では自然にやられているのかなと思いますので、そんな視点がきっと秋田の実力を高めているんじゃないのかなということでお話しをさせていただきました。

 阿部氏 ありがとうございました。あとでちょっとまたパネリストに答えてもらいます。もう時間がなくなってきましたので、ほかにいかがでしょうか。

 三石氏 東京の帝京科学大学の三石と申します。今日はありがとうございます。先ほどから共同で授業研究をしている。例えば小中連携で、例えば市町村レベルでチームを組んで共同研究をして、きめこまかい教材研究や授業研究をしている。ただ、ですね、やはり東京も「小中一緒に授業研究やろう」といっても物理的、そして時間的にさまざま課題があります。そのあたりをどのようにクリアしながら共同研究をなされているのかっていうあたりも、授業力、成績を上げる上での学力を向上させる上でのキーポイントじゃないかと思いましたので、うかがわせていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

 阿部氏 別種の二つの質問が出ましたが、そうですね、これは京野先生にお願いするしかないので、短く家庭とのかかわりの問題と共同研究のこと、違うことなんですけど、いいご質問なんで二つお願いします。先に大石さん。

 大石氏 弊社で行っているのは、ほかの新聞社でもやっているものですが、「新聞きりぬきコンクール」というものをやっています。これは小学校低学年から高学年、そして中学生、高校生、あと特別支援教育と幅広くやっています。家庭教育について、かなり保護者がかかわっているのじゃないかと思われるところが多々あります。学校と先生の信頼関係っていうのは、私も学校を回っていて非常にそこが少し信頼厚いかなと感じることがあります。実際に今回、全国大会で発表する授業を、授業を発表する学校でですね、「家庭学習で新聞を使ってみませんか」ということを呼び掛けて、取り組んでいる子どもたちがたくさんいます。家庭学習をきっかけに今度、弊社の「新聞きりぬきコンクール」もやってみたいという子も増えておりまして、保護者も教育に非常に熱心なんだなと思います。ちなみに毎年、夏休みに親子新聞スクラップ教室というものをやっているんですが、親子そろって一緒に新聞を広げて気になった面白い記事を探すということをやってもらっています。そのときに子どもよりも保護者の方が夢中になってしまって、子どもが「お母さん、お父さん、この記事面白いんじゃない」というふうに話しかけると「私、今、ちょっと記事探してるんだから後ね」というくらい親も夢中になります。そして親も夢中になって、さらに子どもと会話をしていくので、結構家庭でも新聞を使うという取り組みが深まっているんだなというふうな印象は持っています。

 阿部氏 ですから新聞を読む人を増やすには、一つにはやっぱり子どもですかね。子どもを、読んでないご家庭でも子どもが新聞を勉強してるとか、こういうことを取り組んでいるんなら、うちも新聞とらなきゃいけないか、とか、子どもにかかわっていると、親御さんは新聞とりますよね。ですから、そういうふうなことはある。もちろん新聞、元々とってるところはそうなんですけど、とってない家庭もそれじゃあとらなきゃいけないのか、いやとってくださいとは学校言えませんけどね、自然ととる家庭が増えたっていう話も私は聞いたことがあります。それでは、本当はこの話もう少し続けたいのですが、京野先生、先ほどの共同研究のこと、やはり県外の方はすごく気になるところだと思うんで。

 京野氏 私は県外の事情にそれほど詳しいわけではないので、これからお答えすることが、あまり答えになるかは分かりませんが、小中連携を図る上での共同研究を進める際の重点事項というのを、その学校その学校、あるいは学区域の子どもの課題を具体的に抽出した上で、何に重点をしていくかということを、本当によくどの学校さんも絞り込んでいるなと。ですから、あっちもこっちも、というふうにやらない。もうこの一点突破で、まずはきちっと共同研究を進めていきましょう、というふうなことは、どの学校でもよくやられているなというふうに思います。重点化と焦点化。それからもう一点だけ。研究行事の際に、例えば私たちが訪問する研究会だとか、あるいは地域で公開するような研究授業というふうなときに、連携の成果がどうであったかということを、あるいは連携の視点をどう生かしているかということを、研究の成果物やあるいは学習指導案等にしっかりと明記する欄を必ず、非常に簡単なシンプルな形で設けているなと。そういったところで、きちっと成果と課題を全員が共通理解することが、よく、本当に時間をかけずにやれるように運営されているなというふうなところかなと感じています。

 阿部氏 私からも一言言うと、忙しさは秋田県の先生も同じです。日本の先生の多忙化は何とかしなければいけないと、秋田県も同じです。ただ、それでもやろうという気になってくださるのは、いや「上からトップダウンでやりなさい」というわけではないと思うんですよね。やっぱり共同研究では常にチームで、秋田県の先生はチームで実践しよう、チームでやろう、生徒指導もチームで、研究もチームでっていうことがあるので、むしろほかのことをおいてでもやっぱり研究大事だし、研究で自分たちの実践の質が上がるんだっていう、優先順位が高いんではないかという気がしますね。もちろん決してひまだからできているわけではないし、東京の先生も秋田の先生も忙しさは同じです。これは何とかしければいけないんですが、それでもやっぱりこれは、例えば県教委、市町村教委もそうですし、校長先生も含めて、研究大事だぞ、研究大事にしよう、ほかも同等以下だとは言わないけど、まずトップクラスの重要事項だよねっていうことがあるし、先生方もそれを感じてるので、やはり本当にすき間時間をつくってちょっとやる、それからまあ地域によっては水曜日は部活のない日にして一斉にその地域やめて実務をやらないと、必ず授業研究にしましょうとかいうような合意を校長会でつくるとか、さまざまな工夫をしているような気がいたしますが、そのへん、十分お答えになっているかどうか分かりませんが、ということでお許しをいただきたいと思います。

 最後に実は、長い間、東京都北区でNIEの実践をなさってた関口先生が今日おいでなので今のお話を聞いてのご感想と先生自身の実践のご紹介を2分程度でお願いいたします。長くNIEの実践を東京でされていた大ベテランです。

 関口氏 東京都のNIEのアドバイザーもやっています。今日はお話をうかがいまして勉強になりました。ありがとうございました。お話をうかがっていて、私はあの学力を向上させるっていうのには、教師の指導力を育てるという方法と、もう一つ、子どもの学び方を向上させる、育てるという方法があるのではと思っています。先ほど家庭の教育力というと、どちらかというと、子どもの学び方に近いことなのかなと思いますけど、今日のお話の中で「問いを発する子どもを育てる」ために重要なツールとして新聞があるんだなということをつくづく感じました。それを新聞を重要なツールとして授業に生かすことを心掛けている先生方は、自然に、と言いますか、確実に授業力が育っていくんではないかな、それが一つの秋田の成果になっているじゃないかなということを感じます。ただもう一つ私は、思っている、自分が長い間NIEをやってきて思っていることは、子ども自身に新聞に親しませる、新聞に触れさせる、もちろん新聞を読ませるという機会を、できるだけ多く取らせること、新聞を日常的に読ませること、ということがとても大切じゃないかなと思っています。先生が授業で使うのと同じように、子どもが日常的に新聞に触れる機会をつくることがとても重要な要素になるんじゃないかなと思っています。きっと、今日発表の中では特になかったですが、もしかしたら家庭学習ノートよりも、そのような日常的に新聞をスクラップをする、または感想を書くってことが行われているかもしれませんけども、きっと秋田の先生方は日常的に子どもが新聞に触れるようないろいろな仕掛けをしてるんではないかな、そんなふうにも思っています。先生方の指導力の素晴らしさと、きっと子どもたちが新聞を手に取るような環境ができていて、今の秋田ができてるんだと思いました。今日はありがとうございました。

 阿部氏 実は私の基調提案の中でちらっと、時間がなかったのですが、家庭学習ノートが写ったところに、左側に新聞が貼ってあったと思うんですが、ああいう形で実は必ず、義務ではないんだけど、新聞を勉強した後に、自分で新聞を切り抜いて、写真に赤のラインで写真分析をしたり、本文分析をして波線を引いたり、さっきの尾木さんの話じゃないんですけど、そういうことをかなりしてて、必ず先生は書き入れていますね。赤で、「ここは面白い分析ですね」って翌朝返す、あっ翌朝じゃない、帰るまでに返す。子どもが家で勉強してきたら朝また出す。ということが秋田県では家庭学習ノートという形でできています。NIEもそのへんにこう、うまく入っているという感じがします。それが実は秋田県が学力が高いことの理由の一つなんですね。通塾率が日本で最も少ない県、塾に通ってないにもかかわらず家庭学習が充実しているのはそういうことだと思います。そこにNIEがかんでるかなという気がします。本当はもう少し続けたいんですけども、もう時間がきてしまいました。それでは最後に2分ずつで、大変恐縮なんですが、先ほどとは順番逆で小原先生からまとめの言葉を2分以内でそれぞれどうぞお願いいたします。

 小原氏 まとめはこれからの教育におけるNIEの新たな価値をどう見つけていったらよいかというテーマなんですけれども、秋田県NIEへの期待ということで。学力が高いことに安心されないでください、もっと志を高く持ってくださいという視点から、問い続ける子どもを育ててほしいし、夢や希望や志を持った子どもを育てて日本をリードしていってもらいたい、そういう子どもを育ててほしいと思ってるんですけれども。今日ずっと通して尾木さんの講演もそうでしたけれども、今日のパネルディスカッションの中でもそうでしたが、ジャーナリストになる、ジャーナリストをつくっていく、それは新聞界だけじゃなくて教育界にとっても問い続ける子どもを育てるためには必要なんじゃないでしょうか。ジャーナリストになりたいという希望を持って亡くなっていった子どもがいます。生きていたら86歳ですね。「人類のために働きたい」と1年前に言ったんです。亡くなる直前の記録が残っているんですが、「私にはまだ学ばなくちゃならないことがある」、もう死ぬ直前でも「学びたいことがある」、そう言った彼女の思いってのは何だったのかな。なぜジャーナリストになりたかったのかというのは、我々はしっかり受け止める必要があるのじゃないかなというふうに思います。今日の朝刊にですね、為末さんという広島県の陸上選手、元陸上選手が「小学生のとき、作文では『原爆はよくない』と書かないといけなかった。よくないと決まってるから。でも、なぜよくないのか、もっと考えたかった。みんなが話しながら、平和や戦争、原爆のことを考え、納得していく。時間はかかるが、納得した子どもは平和を深く考えるようになる。自分の頭で考え、自分の価値観で判断する。全体が何かの空気に染まりそうなとき、ストップをかけられる人間が育つと思う」というコメントが新聞に、朝刊に載っていましたけれども、ジャーナリストになるっていうのはNIEの学習活動でも大事なのかなというふうに思っています。

 大石氏 私はしばしば学校の方にゲストティーチャーとして呼ばれることが多いわけなんですけども、小室先生の授業でもそうでしたが、ほかの先生の授業の中でも、ゲストティーチャーとして加わって、NIEの授業が終わった後に終わりのベルが鳴ってから、子どもたちから「ああ楽しかった」と声が漏れたことが何回かあります。そういった声を聞いたときに、NIEの授業って子どもたちにとっては、子どもたちの感情をくすぐるものがあるのだな、というふうに思っています。私は秋田県NIE推進協議会の事務局でもあり、記者でもあるわけなんですけれども、事務局としては、やはり先生方はどうしても、教育界の方々はどうしても、垣根をこえるというのが苦手なように感じるので、そういった垣根をこえられるように事務局としては努めたいと思います。教育界と新聞界が円滑に情報交換、いろいろな協力ができるように努めていきたいと思います。そして記者としては今、各地域に川柳、俳句、書道とか教えてくれる地域の先生がいると思うんですけれども、新聞記者もそういうふうに地域の先生でありたいなというふうに思っています。

 小室氏 やはり気づきの質を高めていくことが豊かな学びを支える問いを育てていくことにつながるのだなと実感しました。そういう意味でも新聞記事は、問いの宝庫だというふうにあらためて感じたところです。先ほど大石さんからのお話もありましたが、子どもたちが自分で学びを獲得したという実感があるとき、授業が終わった後にしつこいくらいにその話をします。明日、付属小学校の熊谷が公開授業でも扱いますが、なでしこジャパンが決勝戦で敗れたとき、子どもたちがちょうど新聞を、別の記事ではありましたが、学習していたときだったので、「先生、明日なでしこの見出し何かな」なんていうふうに話している子どもたちでした。新聞をこれからも扱って豊かな問いを発する子どもたちを育てていきたいなというふうに思いました。

 京野氏 小原先生の最初の提案のお話の中で、新聞を教材として活用することの授業の魅力というふうなことで、答えがないからということに答えがあったというのが、全くそうだなというふうに思います。ですが、実は先ほど私が冒頭で提案した全国学力・学習状況調査の質問紙の回答の平成25年の回答の中で一つだけ気になるデータが、「授業の中で分からないことがあったらどうすることが多いですか」という回答に対し、「授業中、あるいは授業後に先生に尋ねる」という数値は全国的に低いんです。こちらも12%程度。秋田は実は全国平均とたいして変わらないか、実は下回っている数値です。で、やはり圧倒的に「友達に尋ねる」というところの数値が50%近くで多いんですが、ここは少し教師の出番を高めていく必要があるだろうなと。特に学校の中で答えのない探究的な学習を推進していく上では、教師の先ほどの小室先生の提案にあったような「この見出し、なんで観光客の方に着目した見出しじゃないの。違う表現を選んだの」というふうな、絶妙な問い返しによって、子どもたちが何気なく自分たちがしたことを「まてよ」というふうに考えて、その根拠を論理的に突き詰めていく、というふうなことを、促すような教師の絶妙な問い返しであったり、ゆさぶりであったり、こうした能力を、やはり教師自身が問うことで、高めていく必要があるんではないかと。そうすることで探究的な授業の中における教師の役割というのをもう一度見直していく必要があるだろうな、という課題をより強く実感したな、というふうに考えました。

 阿部氏 おそらくそれがね、今度は小原先生と京野先生とディスカッションが始まるといいと思うんですが、それはおそらく答えがないっていうのは「何でもいい」という意味ではないと思うんですね。唯一の正解でなくて、いくつかの答え方がある、だからといって何でもいいわけでもないという意味だと、小原先生がおっしゃったのだと思います。そういう意味で言えば、教師は探究型だからこそ、さまざま意見が出るからこそ、教師は「こういう力もつけたい」「こういう発見を促したい」という狙いがないと、やっぱりただ話し合いをさせる授業になりますんでね、それは教師の指導性という面と両方あるのではないかと思います。

 最後に私、短く話をさせてください。一つはですね、やはり、あの感じたのは秋田県の、実は、教育の強みは、私は、ひと言で言うと「つながり」だと思います。例えば、先ほど出ました学校と家庭と地域は、大変つながっています。NIEという点でもつながります。それから先生同士が共同研究でつながっています。それから学校と学校も、小中とか小小とか、横のつながりが強いです。それからもうちょっと言うと、賛否両論あるかもしれませんけど、県教委、市町村教委、学校の縦のつながりがありますね。いろんなつながりベクトルで秋田県の教育は良くなっていると思うんですね。で、そういう中で言えば、もう一つ加えると、新聞のプロの人たちと学校との垣根があんまりなくなってきている気がします。非常につながっている。ですから、私も本当に魁の皆さんから、そして毎日や朝日や読売の総局や支局の皆さんから、学ぶことがたくさんあります。そういう意味で、いろんな、明日公開されるような授業や実践が出てきてるわけですけども、そういう意味では、学校つまり教育と新聞の垣根をやはり取り払う、なるべく低くしてみる、ということが重要ではないかという気がします。これは教育が変わるだけでなくて、大石さんや魁の方にもよく聞きますが、新聞社の方たちも教育にかかわることで記事を書く姿勢とか、子どもたちのことも考えながら書くとかっていうふうに、記事の書き方やジャーナリストとしての姿勢もいい意味で変わってくるというような言い方を、大石さんや魁の方からされたことがありますが、そういう意味で言うと、決して新聞界が教育界に一方的にサービスをするんではなくて、やっぱり教育によって新聞界もジャーナリズムとして刺激を受けるという面もあると思います。そういう意味では学校、教育界と新聞界との垣根を低くしていくことが重要ではないかという気がいたします。時間になってしまいました。本当はもう少しいろいろと議論したいところなんですが、これは今日の懇親会、明日の公開授業や実践発表の検討会など、そして分科会でいろいろと出していただければありがたいと思います。それでは最後に、今日のためにいろいろな準備をしてくださいました4人のパネリストに大きな拍手をお願いいたします。