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「物事を深く考えなければ」
 —経営についての思いを。
 誰もが知っている日本のメーカー、世界最高の技術力と超一流のブランド力があるにもかかわらず、そんなメーカーのいくつかが、ここ数年で消滅したり、解体されたり、外資に食われようとしています。決して品質不具合を起こしたとか、データを偽装したわけでもないのに。一般的には外部環境の変化に対応できなかった、トップが経営判断を見誤った、ということになるのでしょうが、いずれの会社も長い歴史の間に幾多もの困難に直面し、克服し、日本の経済構造と国益を支えてきた会社です。そんな先人たちの苦労と困難の歴史を経て確立してきた技術と信頼のブランドが一気に瓦解(がかい)していくさまを目の当たりにすると、本当に企業の命は儚(はかな)いものだと思います。
 —具体的な原因は何でしょうか。
 個別に明確な敗因があるのでしょうが、あえて一言で片付けるならば、寿命を迎えてしまったということでは。寿命とは製品の耐久性とかライフサイクルのことではなく、漠然と企業の寿命という意味です。人の寿命は運命とか天命という考え方もありますが、企業の場合は、それでは経営になりません。私が思うに企業が生き残りを懸けた変革、チェンジ、イノベーションの過程で守るべきものと、変えるべきものとが訳が分からなくなってしまったのでしょう。せっかく立派な仏壇に買い替えたのに、肝心の御本尊を捨ててしまうようなものです。そうなると企業は一気に寿命を迎えてしまいます。世の中の目まぐるしい変化と多様化の中で、会社規模は違えども、私もメーカーの経営トップとしてどうあるべきかを常に自問自答せねばならないと思っています。まずは軽々しく何にでも飛びつくのではなく、物事を深く考えて決断せねばなりません。
 —そのために、何が必要ですか。
 自身や自社の基準を持たねばなりません。それが自分を知るということであり、自分を極めることでもあり、その結果、自身や自社が死守すべきもの、絶対に変えてはならないものとは何かが見えてくると確信しています。これは武士道に通ずるものがあるかもしれません。そしてこの思いを経営理念、企業精神、経営ミッションとして全社で理解、共有し、継承していかねばなりません。そのためには、経営者の強い言葉と強い意志が求められます。消えゆく運命の会社を見ながらあらためて痛感しています。



企画・制作/山陽新聞社広告本部
※2016年4月1日付 山陽新聞朝刊に掲載したものです。
※役職名や内容は取材時のものです。

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