職場で健康プロジェクト ~社員の元気が会社の元気〜

健康経営セミナー

仕事力アップ健康経営セミナー

 山陽新聞社主催、アクサ生命保険特別協賛の「仕事力アップ健康経営セミナー」が9月13日、岡山市北区柳町の山陽新聞社さん太ホールで開かれた。両社などが展開する「職場で健康プロジェクト~社員の元気が会社の元気~」の一環で、経営コンサルティングの株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長の小室淑恵氏と、東京大学政策ビジョン研究センター特任教授の尾形裕也氏が講演。企業経営者、労務担当者ら約230人が熱心に聴講した。

経営戦略としての働き方改革

株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長
小室 淑恵
 こむろ・よしえ 東京都生まれ。2006年、株式会社ワーク・ライフバランスを設立。900社以上の企業へのコンサルティング実績を持ち、産業競争力会議民間議員など複数の公務を歴任。残業を削減し業績を上げるコンサルティングに定評がある。著書多数。家庭では2児の母。
残業を減らし生産性向上を

 健康経営にも通じる働き方改革はなぜ必要なのだろうか。人口のボーナス期とオーナス(負担)期の話から始めたい。

 ボーナス期の人口構造は働き手の若者は多く、高齢者は少なかった。安い労働力を武器に、世界中の仕事を速く安くこなした。今の中国、韓国、タイなどがそうだ。社会保障費も少なくて済み、稼いだ金はインフラ投資に回せた。「アジアの奇跡」と言われた経済発展はこれで説明がつく。日本では1960年代半ばから90年代半ばにかけてで、高度経済成長と重なる。ただボーナス期が終われば二度と訪れないという法則もある。

 なぜボーナス期が終わるのか。経済成長により富裕層が誕生、教育投資に熱心になり子どもの高学歴化が起きる。そのため人件費が上昇し、仕事は安い賃金の国に逃げてしまう。また高学歴化により結婚年齢が上がり、少子化も始まる。同時に高齢者比率が高まり、寿命も延びる。医療や年金の負担が増し、GDPは横ばいになり、オーナス期が始まる。ヨーロッパは、日本より先にオーナス期を迎えたが、日本の方が深刻だ。それは少子化対策の失敗が原因だ。中国は昨年「一人っ子政策」を転換したが、日本は今、オーナス期のど真ん中にいる。

 しかし、オーナス期になってからが本当の経済成長だとも言われている。そのためには二つの政策を徹底してやる必要がある。一つは、18歳から65歳までの生産年齢人口の人たちをできるだけ活用する。能力の高い女性はいっぱいいる。さらに障害を持つ人、親の介護を抱える人。この人たちが仕事を辞めないでも済むような働き方を実現する。二つ目は、未来の労働力の確保も必要で、真に有効な少子化対策も必要だ。わが社がコンサルティングした企業では、労働時間を削減したことで、出産する人が2倍に増えた例がある。

 出産は個人の自由だが、1人目を産んだ夫婦には、少なくとも子どもを持ちたいという願望がある。ではなぜ、次を諦めたのか。厚生労働省の調査で、原因がはっきり出た。1人目が生まれたとき、夫の帰宅時間が遅く、家事・育児への参画時間が短い家庭ほど2人目が生まれていなかった。男性の働き方改革が必要な時だ。EUでは、帰宅してから11時間たたないと翌日の業務を開始できない「インターバル規制」もある。つまり、オーナス期には短期と長期の労働力をいかに確保するかが重要な政策だ。

 オーナス期の企業戦略は何か。まず男女をフル活用する。学生の企業選択もワークライフバランス重視の傾向が出てきた。残業時間、女性管理職比率などで企業を選ぶようになっており、男女から選ばれる企業でないと人材確保はできない。

 2点目は、なるべく労働時間を短縮する。単位時間当たりの費用は高騰し、中国の8倍、インドの9倍だ。日々のストレスの蓄積を避けるよう健康経営にも配慮し、生産性を向上させる。短時間で成果を出すよう徹底的にトレーニングすることも大事だ。3点目は、なるべく違う条件の人材をそろえること。顧客のニーズは多様だからだ。また、その人しか知らない情報があるなど、仕事を「属人化させない」ことも大切で、情報の見える化、共有化する必要もあるだろう。

 長時間労働の是正による健康経営を実践すれば、社会や企業にあるさまざまな問題を解決できるのではないか。働き方改革は決して時間の奪い合いではない。ワークとライフを両立させ、相乗効果によって勝てる組織と充実した人生をつくってほしい。

"健康経営"の実践による企業・組織の活性化

東京大学政策ビジョン研究センター特任教授
尾形 裕也
 おがた・ひろや 神戸市生まれ。東京大学工学部、経済学部卒。1978年旧厚生省に入省。健康政策局などを経て89年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官。2001年、九州大学大学院教授。13年、同大名誉教授、東京大学政策ビジョン研究センター特任教授。
中小企業ほど効果は大きい

 健康経営という言葉は、アベノミクス中で使われたが、ようやく市民権を得つつあるようだ。欧米ではこの20年ほどの間に大きな考え方の転換があったとされている。疾病モデルから生産性モデルへの転換だ。医療や健康の問題を単なるコストと考えるのが疾病モデル。生産性モデルは、もう少し積極的にとらえ、医療費は人々を健康にするためで、単なるコストではなく、人的資本への投資だと考えるものだ。従業員の健康と生産性を同時にマネジメントするのが健康経営の意味で、企業や組織にとっては重大な経営問題になっている。

 アベノミクスの「日本再興戦略」の中で健康経営という言葉が取り上げられ、健康経営銘柄の選定が決まった。これは東証に上場されている企業から健康経営に優れている企業を、1業種1社選んで発表しているものだ。また99%以上を占める非上場の中小企業や医療法人、社会福祉法人、学校法人など非営利法人を対象にした健康経営優良法人の認定制度も動き出した。これは製造業では従業員301人以上の大規模法人(ホワイト500)と300人以下の中規模法人に分かれている。岡山県では、大規模が2法人、中小規模が5法人認定されている。また東京商工会議所は、健康経営の普及・啓発を担う「健康経営アドバイザー」を認定している。中小企業などが健康経営に取り組む際のアドバイスを受けることができる。岡山県では、協会けんぽ岡山支部が「晴れの国から『健活企業』応援プロジェクト」を昨年から始めており、8月末で839法人が健康経営に取り組んでいる。

 欧米の研究で、医療費と生産性の低下によるコストを合計したところ、1位が肩こり・腰痛。次に、抑うつ、けん怠感、慢性疼痛、睡眠障害、高コレステロール、関節炎、高血圧などが大きくなっていた。生活習慣病的なものもあるが、メンタルヘルスらしいものも挙がっている。健康経営は業績を上げるのかという研究もある。米国の健康経営優良企業に、1999年に仮に1万ドルを投資したら2012年には約1万7800ドルになった。一方、米国企業の平均値に投資した場合には、1万ドルを割り込んでいた。健康経営に熱心な企業は平均的な企業を上回るパフォーマンスを中長期的には上げているということだ。これだけでは因果関係は分からないが、相関していることは間違いない。このため銀行が健康経営に熱心な企業に優遇金利を適用するケースも増えている。

 健康経営は、欧米で研究が進んだが、むしろ伝統的な日本的経営に適合していると思う。日本的経営のメリットは雇用の安定性、人事の柔軟性、従業員の会社一体感の育成だとも言われている。一人一人の従業員に気を配り、雇用の安定性、長期的雇用により生産性を上げるのが健康経営で、私は日本的経営の再構築論につながるものだと思う。違いを挙げれば、日本的経営は観念的、欧米ではデータに基づいている。だが基本的な発想は非常に似ており、先進国経済の歩むべき王道だと思う。「組織にとって人は資産だ」とはドラッカーの有名な言葉だが、健康経営はまさに人的資本に対する投資であり、いわゆる人は宝だと言う意味での人財論に通じるものだ。

 健康経営は中小企業の方が影響は大きいことも強調したい。従業員一人の重みが違う。しかし自前の資源だけで健康経営を進めるのは難しい面がある。その際は、健康経営アドバイザーなど外部資源を活用することも考えてもらいたい。ただ大企業、中小企業を問わず、最終判断、最終評価は自前でやることを忘れてはならない。

<健康経営推進懇談会>健康経営セミナーに先立ち、関係団体担当者による健康経営推進懇談会が開かれ、今後の岡山県内での健康経営推進に向けて話し合いが行われた。